- 数年前、私はガンを患っているシスターに会いました。私は動画を撮るために彼女にインタビューしたいと思い、電話で話しました。会話の終わりに、私は彼女に「シスター、また土曜日に」と言いました。すると、彼女は「主の御心であれば」と答えました。
- スペイン語ではこの表現はとてもよく使われ、使わなくても誰でも知っています。私も何度も聞いたことがあります。しかし、そのシスターがこの言葉を言ったとき、それは別の意味で心に響きました。彼女が病気であるということが、その言葉に今までに聞いたことのない深みを与えました。
- そのシスターは、私たちが神様の御手の中にあることを分からせてくれました。人生は神様からの贈り物であることをより深く認識しました。そして、神様が私のために計画を持っておられることも理解しました。
- だからこそ、第一朗読で使徒ヤコブは「主の御心であれば、生き永らえて、あのことやこのことをしよう」と言いました。
- 私たちは神様の御手の中にあることを自覚しているでしょうか?主の御心であれば、私は生き永らえて、日本語を学びたいと思います。へへへへ





