Published On: 27 de junio de 20240 words0 min read
  • 「わたしに向かって、『主よ、主よ』と言う者が皆、天の国に入るわけではない。わたしの天の父の御心を行う者だけが入るのである」。この福音書を聞くたびに、この福音書は特に私たち、洗礼を受け、教会の中で生きているように見える私たちに向けられたものだと思います。私たちは「主よ、主よ」と言います。例えば、ミサの冒頭ぼうとうでは、赦しをうために3回り返します。しかし、この言葉を口で言うことと、実際に赦しをうことは別のことです。この二つは一緒になるべきですが、いつも一緒になるわけではありません。
  • そして、これがイエス様のこの言葉の意味するところです。私たちの信仰告白しんこうこくはくには、意志いしともなわなければなりません。そして、そのような心のあり方こそ、御父のみこころの成就じょうじゅなのです。言葉も、行動につながる意志も、両方が必要なのです。ある女性はわたしに「おっとが私を愛していることは知っているけど、いつか『愛していると』言ってほしいわ」と言いました。この男性には言葉が足りなかったのです。また、わたしたちは、よく「ごめんなさい」と言いますが、実際には、心の底から謝っていないことがあります。
  • 神様は私たちに、口で言うこと、心で感じること、そして手で行うことの間で一致いっちした生き方をするよう求めておられます。この3つがイエス様を土台どだいとしているなら、私たちの人生の家は堅固けんごいわの上に建てられます。そして、問題が起きても、倒壊とうかいすることはありません。
  • 私たちがこのような一致した生き方をし、イエス様を私たちの人生の土台どだいとすることができるよう、神様に助けていただきましょう。

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