- 今日の福音書で、ヨハネの弟子たちはイエス様に断食について尋ねています。断食には様々な理由があります。体重を減らすために断食をすることもあります。これはダイエットと呼ばれます。医学的な検査をするために断食が必要な場合もあります。しかし、これらの断食にはキリスト教的な意味はありません。
- キリスト教における断食の意味は何でしょうか?断食といえば、私たちはまず食べ物を思い浮かべます。しかし、それ以外でも断食は可能です。携帯電話、テレビ、無駄な買い物。。。では、何が重要なのでしょうか?クリスチャンが何かを断つのは、私たちがそれを断つことができないことを自覚するためなのです。
- 例えば、四旬節の金曜日に肉を食べるのをやめるのは、「キリストの肉体」という、なくてはならない「肉」があることを意識するためです。テレビを見るのを控えるのも、「キリスト」という存在を顧みる必要があることを意識するためです。
- ですから、イエス様はヨハネの弟子たちに、自分が弟子たちと一緒にいる限り、断食をする意味はないと答えているのです。しかし、イエス様が天に昇られるとき、断食はイエス様とより親密に結ばれるための方法となります。





