Published On: 2 de junio de 20240 words0 min read
  • 神学生のときに哲学の先生は私たちに大切なことを言いました。どんなに感謝しても感謝しきれないことがあります。例えば、命を与えてくれた両親に感謝すること。教えていただいた先生に感謝すること。どんなに感謝しても感謝しきれません。司祭に叙階されたとき、私は人生のモットーとして聖書の一節(いっせつ)を選びました。この一節は今聞いた詩編の中にあります。(そして、この一節は聖杯に書いてあります「神が与えてくださったすべての恵みに、どのようにこたえようか」。(く)(かえ)しますが、神様が私たちに与えてくださったすべての恵みに感謝してもしきれません。
  • しかし、自分では何もできないときには、どうしましょうか。他者に助けを願います。父なる神が与えてくださるすべての恵みに感謝できるよう、イエス様に助けを求めたらどうでしょうか。イエス様が私たちを助けてくださるなら、私たちは父なる神に十分に感謝することができるでしょう。
  • 今日は、キリストの聖体の祝日です。そこで私たちは特にエウカリスチアの神秘に注目(ちゅうもく)します。エウカリスチアはギリシャ語で「感謝」を意味します。ミサは感謝祭です。誰が感謝するのでしょうか。御子であるイエス様が感謝をささげるのです。 イエス様は誰に感謝をささげるのでしょうか。父なる神に感謝します。なぜ感謝するのでしょうか。なぜなら、イエス様は愛ゆえにご自分の命を父なる神に捧げられるからです。イエス様の感謝は、そのいのちそのものを捧げることなのです。
  • もし私たちが、御子から御父へのこの感謝に加わることができたらどうでしょうか。そうすれば、私たちは十分に感謝することができます。これこそがエウカリスチアなのです。エウカリスチア、キリストの御体にあずかるとき、私たちは御子とともに、私たちが受けたすべての恵みを御父に感謝します。こうして、イエス様の感謝に結ばれた私たちの感謝は無限となるのです。
  • そして、感謝の(みの)りの一つは、喜びと心の平安です。だからこそ、神様に感謝し、ご聖体を拝領(はいりょう)することは救いの道なのです。聖杯に次の聖書の一節(いっせつ)(しる)されているのはそのためです。「神が与えてくださったすべての恵みに、どのようにこたえようか」―「私は救いの杯を捧げ、神の名を呼び求めよう」。すなわち、エウカリスチアを捧げます。
  • エウカリスチアという賜物(たまもの)(たい)して、神様に多くの感謝を捧げましょう。そして、私たちが生涯(しょうがい)にわたってご聖体にあずかり続けることができるよう、神様に願い求めましょう。そして、エウカリスチアの意味を日曜日ごとに深く知ることができますように。

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