Published On: 6 de julio de 20240 words0 min read
  • 今日の福音書で、ヨハネの弟子たちはイエス様に断食(だんじき)について尋ねています。断食には様々な理由があります。体重を減らすために断食をすることもあります。これはダイエットと呼ばれます。医学的な検査(けんさ)をするために断食が必要な場合もあります。しかし、これらの断食にはキリスト教的な意味はありません。
  • キリスト教における断食の意味は何でしょうか?断食といえば、私たちはまず食べ物を思い浮かべます。しかし、それ以(がい)でも断食は可能です。携帯電話、テレビ、無駄(むだ)な買い物。。。では、何が重要なのでしょうか?クリスチャンが何かを()つのは、私たちがそれを断つことができないことを自覚(じかく)するためなのです。
  • 例えば、四旬節の金曜日に肉を食べるのをやめるのは、「キリストの肉体」という、なくてはならない「肉」があることを意識(いしき)するためです。テレビを見るのを(ひか)えるのも、「キリスト」という存在(そんざい)を顧みる必要があることを意識するためです。
  • ですから、イエス様はヨハネの弟子たちに、自分が弟子たちと一緒にいる限り、断食をする意味はないと答えているのです。しかし、イエス様が天に(のぼ)られるとき、断食はイエス様とより親密(しんみつ)に結ばれるための方法となります。

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