Published On: 18 de julio de 20240 words0 min read
  • 皆さんが何度も耳にしたことがあるイエス様の言葉は「わたしは道であり、真理であり、命である」です。一つの道ではなく、道です。一つの真理ではなく、真理です。一つの命ではなく、命です。ですから、私はこの文を何度も()り返します:「イエスキリストは、人間の心の奥底にある願いと憧れの完全で決定的な答えです」。イエスキリストは一つの答えではなく、すべての人にとっての答えです。
  • この断言(だんげん)は思い上がりから生まれたものではありません。また、イエス様を信じない人を(かろ)んじるためでもありません。この言葉は、神様が御子イエスキリストを通して愛情(あいじょう)をもって私たちに啓示(けいじ)してくださったことから生まれたものです。
  • だからこそ、今日の福音書でイエス様は、私たちの魂の安息(あんそく)()るためにご自分のもとに来るようにと呼びかけておられるのです。イエス様は、疲れた人、重荷(おもに)()っている人を呼んでおられます。実際、イエス様は洗礼を受けた人も受けていない人も、私たちすべてを呼んでおられます。そして私たちに(なぐさ)めと、安息を約束してくださいます。そして、その安息と慰めは、私たちがイエスキリストのうちに見出す答えの(みの)りなのです。人間の心の最も深い願いと憧れは、イエスキリストのうちに完全で決定的な答えを見出します。これが私たちの安息です。これが私たちの慰めです。
  • そして、心の慰めと安息を味わうと同時(どうじ)に、私たちはこのことを他の人々、特にイエスキリストを知らない人々に宣べ伝える必要性に気づくようになります。この答えは彼らのためでもあります。すべての人のためなのです。

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  • – ミサの始め 皆さん、ようこそ。私にとって非常に重要(じゅうよう)なこの日(ひ)にお集まりいただき、ありがとうございます。10年前のこの日、私は神様からのプレセントを受け取りました。神様は私をキリスト教の司祭として召(め)されたのです。司祭になりました。日本に来たので、司祭であることは私の仕事ではないことを、日本語で説明しなければなりません。司祭は仕事ではなくて、神様のために尽(つ)くすという神様からの召命(しょうめい)です。それは私の人生に意味を与えています。そして、司祭が行うすべてのことの中で、一番大切なのはミサです。ですから、この日を祝うために、ミサを捧げたいと思います。そのあと、一緒に昼食をいただきたいと思います。 お集まりいただき、ありがとうございました。